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家族のこと ~最後に~
2008年3月23日の記事に
「父さんがあと2週間で死んでしまうかもしれない」と、あります。
あれは確か父の手術のヤマが2週間という意味だったと思う。
とは言え、あの大手術を乗り越えて約1年生きた父は凄い。




私の文章能力が低いため、少々嘘っぽく聞こえる部分もあったかもしれない。
しかしこれは作り話ではなく、2007年8月~2009年1月4日までの
約1年半の間に実際に起こった話です。
なのでこの後もお通夜やお葬式なんかがあったし、
現時点では遺産(とは言っても殆どが借金・・・)相続の事や
商売をしていたので、店関係の手続きなんかの後始末に追われている。


葬式01  葬式02


そして弟いわく、親戚一同、弟の知り合い、店の客とその周辺の人々、
近所の方々なんかには、すっかり母と私夫婦が悪者になっており
そのことで責められたり陰口言われたりなんかあるみたい。

もちろん、弟もそのうちのひとりで
母と私たち夫婦のことを一生許さないと言っている。
しかし今しなければいけない事があるもんだから、喧嘩しながらも
なんとか後始末と法事をこなしている訳です。



しかしなんだか虚しくなって仕方ない。

母は父の暴力から逃れようと私たち夫婦の力を借りて家を出た。
しかしその約4ヵ月後に父にガンが見つかった。
そして、約1年後に父はガンによってこの世を去った。
結果として・・・
母が家を出ていなくてもきっと父はガンで亡くなったのだろう。
家を出ていなければ、親戚や世間から
冷たい視線を浴びせられる事もなかっただろうし、
実の息子である弟から一生許さないと言われる事もなかった。
それは私も同じこと。

じゃあこの1年半はいったいなんだったのか。
大好きな父に憎まれたり、父が辛い時、弟が辛い時に
そばにいてあげられなかった。
私は本当は後悔している。
弟にはしていないと言ってるけど。
母が受けた暴力と言う事実は消える事はなく、
その点で父は間違ってると思うし、父が悪いと思う気持ちは変わらない。
しかし、結果としてこうなる事がわかっていたとしたら私が母を助けたか?
躊躇する母の背中を押す事をしただろうか。




一度自分で決めた事にあれこれ言うのは良くないとわかってるけど
でもやっぱり後悔してしまうよね、この世に居なくなっちゃうんだから。

まだ実はそこまで実感がない。
もうこの世に居ないという事はわかっている。
そして二度と話す事もできないというのも。
でもなんだかぼやけていてよくわからない。

葬式のときもあまり泣かなかった。
祖母や祖父の時の方が泣いたな。
四十九日過ぎてから実感したという人も居れば、
3回忌が済んでからという人も居る。
私はどっちかって言うと泣き虫で、感情の起伏が激しいタイプ。
実感してしまうとどうなるのだろう。
それを思うと怖いけど、それをクリアすることでステップアップするのかも。


とまぁ、この1年半はとても虚しく
悲しいだけの日々になってしまったけれど
おかげで学びたくもない人間の醜い仕組みが少しだけわかったかも。
そして家族というものを考えるきっかけになった。



最後に・・・
この「家族と離婚と病気」というカテゴリーで日記を書くことは
きっともうないと思うけれど、家族というものを考えていく事は
私のライフワークのひとつになった。
このカテゴリーではないにせよ、家族についてのあれこれを
このブログに書くことはあると思うので、もし意見してくれる人がいたら
是非是非よろしくお願いします。
重い内容&下手な文章を長期に渡って読んでくれてありがとうございました。




( 2009.02.04 ) ( 家族のこと ) ( COMMENT:0 ) ( TRACKBACK:0 )
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