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家族のこと ~母はまだ来ない~
父の肩や背中をこすり血痰の処理を始めて約120分、ようやく弟が帰ってきた。



母に連絡を取るが、なんだかわからないが遠くに居るとかですぐ戻れないらしい。
訳がわからず、むしょうに腹が立つが・・・とにかく早く病院へきてくれとだけ伝えた。

そして10時ごろ。
ようやく父が落ち着いて少し話をするようになった。
作りかけのプラモデルの接着剤が足りないから、家に帰ったら買ってきてくれだとか、
弟が運転すると(他のドライバーへの)文句が多いから嫌だとか、少しだけど笑顔も出た。
この調子だと泊まりになるかもしれないとは言え、明日にでも帰れそうだと
なんとなく私も弟も考えていた。

しかし時計の針が11時を過ぎた頃に、そんな考えが甘すぎるものだと気づかせられた。
だんだんと気分が悪そうな顔に戻っていく父。
腕や肩、背中の痛みは波のように少しひいては押し寄せる。
後から聞いたのだが、これはガン特有のもののようだ。
痛みに強い父も、治まらないこの痛みに耐えかねて痛み止めを打ってもらった。
しかし、比較的即効性の薬にもかかわらず10分経っても20分経っても痛みは
消えるどころか弱まりもせず、より一層強くなっていく。
あまり良くはないが、もう一度痛み止めを打つ。
それでもよくならない。

肩、腕、背中に加え喉元のガン患部の痛みも更に強くなってゆく。
その日休みだった担当医に既に連絡を取って貰ってはいたが、
どうやら少し離れた場所に居るらしい。
それに加え毎年恒例の規制ラッシュで道は混んでいる。

担当医を待って、モルヒネか何かしらの対処をしてもらいたいと思っているが、
なかなかそれもままならず、他の先生にお願いするが
父の痛みの場合、モルヒネは意味がないと言われる。
その代わり、点滴でも痛み止めを入れることになった。


正午過ぎ。
早朝に病院へ着いてから6~7時間が経ったようだ。
母はまだこない、伯母もまだこない。
父は点滴も意味を成さず、痛みは残ったまま。

父は依然血痰を吐いている。
だんだんと顔色が悪くなってきた。
気分が悪いと言っている。
吐きそうだ。
明らかに顔色がおかしい。
目の前が見えないと言っている。
看護婦さんを呼ばないと。
ナースコールを押す。
看護師さんは落ち着いている。
看護師さんが処置をしている数秒の間に、父はガクガクと体を大きく震わせて
そして見る見るうちに白目を剥き、顔や手が強張り、体はくの字に折れ曲がり硬直する。
痙攣が起きた。
おそらく貧血の為ではないか。
焦る。
人がこんな風になるのを見た事がない。
私も弟も顔面蒼白。
どうすればいいのかわからない。
看護師さんは落ち着いて見える。
ガクガクと固まる父をなんとか寝かせ、足を上げ頭を下げた。
こうなっても輸血はできないのか。
確実に死に行くとわかっている者への無駄はしないのか。

私も初めての出来事だったが、どうやら弟もそうだったようで
2人とも顔色がなかなか戻らない。
父の血圧は40を切りそうだ。


まだ母はこない。
伯母も来ない。
母へ電話をするために公衆電話スペースへ。
母はまだ電車に乗っているようだった。
そして部屋へ戻る途中に伯母と出くわした。
いま着いたようだった。

そうとう気分が悪いのか、ゼイゼイと父の呼吸の音が聞こえる。
たまに体位を変えて欲しそうにするが、先ほどの貧血があるため
あまり動かすのもいけないと看護婦さんも少し動かす程度でやめた。
それ以降は相当辛いらしく、呼びかけにもあまり答えない。
いっそこのまま・・・と思ったりもするが、いやまだ母にも会っていない。
それにこの山を越えたら家に・・・なんとか・・・なんて思えないんだけど。

叔父家族が来る。
嫁と娘は他人事で、キャピキャピと観光地にでもきたかのよう。
着くなりしばらくすると休憩室へ行った。


14時ごろだったと思う。
2度目の痙攣が起きた。
さっきと同じようにガクガクとくの字に体を折り曲げながら苦しむ父。
看護師さんは相変わらず落ち着いた風に見える。
呼吸はゼイゼイと苦しそう。
そのうちに呼びかけにも全く反応しなくなった。
しかし聞こえているものと、一生懸命呼びかける。
お父さん。
もうすぐお母さん着くからね。
お父さん。
聞こえる?

そして担当医が到着した。
父も弟もかなりの信頼を寄せている先生だ。
(私も説明を受けたときに、この人なら全てを預けられると思った。)

先生いわく、現時点の父には何も聞こえていないだろうと。
脳にたくさんの血が通わなくても生きる事はできる。
しかし、心臓などに血が通わなければ死んでしまう。
だから脳にはあまり血が通っていないため、
私たちの声は聞こえていないし、まったくなにも見えていないだろう。
要するに、昏睡状態。

なった事がないのでわからないと前置きはあったが
おそらく痛みも感じていないのではないか。
痛みはあるだろうが、その信号は脳に届いていないのではないか。
そういう事らしい。

時々手が動いたり、口が動くのは反射で
本人の意思ではないらしい。
もう二度と父は意識を取り戻さない。
二度と声も出さないし、笑うこともない。
その代わり痛がることもない。

こうなると、最後は段々と脈拍や血圧が落ちてきて
血圧が30を切ると早いと。


母はまだこない。
時間は15時半を過ぎていた。
ここまできたら、きっと父は母を待っているのだと
その部屋にいる全ての人が言い始めた。
昏睡状態で、いつ死んでもおかしくないそんな状態。
なのに父は生きている。
きっと母を待っている。
そんな父を早く楽にさせてあげたいと思う反面、もう少しだけ待って欲しいと思った。
そして気づけば弟と一緒に、もう少しだけ待って!と
反応のない父に向かって声を掛け続けていた。

声をかけ、元から薄かった頭髪が、抗がん剤で更に薄くなった父の頭を撫で、
もう少しだよと頬を擦りながら母を待つ。

血圧が30を切り、心拍数の波形が段々と浅く平たんになり、
呼吸回数が何度も一桁とゼロを行ったり来たり。
その度に私たち姉弟は父に向かって叫んだ。
ダメだよ。
まだだよ。
もう少し、もう少しだから。
お父さん頑張って。
もう少しでお母さん着くからね。


あまりにも遅い母に腹がたってはいたけれど、
きっと母も急いでいるのだとそう思うようにした。






( 2009.02.04 ) ( 家族のこと ) ( COMMENT:0 ) ( TRACKBACK:0 )
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