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家族のこと ~伯母との面会~
思い切って母へ父の病状を伝えたところ、涙を流していました。



私(母)のせいだともいっていましたが、
冷たいようですが父の病気の原因は
間違っても母の不出来ではなく、父の生活習慣です。
病気であることがなによりも強いものになってしまうのは
私はおかしいと思っています。


そして当日。
父に会うためにはICUの入り口の扉で確認をされ、
入って消毒をし、マスクをつけなければなりません。
区切られたスペースの一角に遠目ではありますが、父を見つけました。
しかしここで待っていろと伯母に言われ5分~10分程待ちました。
伯母はなにやら医者と喋っていて、なかなか父の傍にいけません。
遠目ながらにも父の喉ににはいくつものチューブがついていて、
とても痛々しかったです。
父にはその時点で喉から胃までの間には何もありません。
食道を取ってしまっているからです。
体が動かないのはもちろん、今は声帯も取っているため会話もできません。
手術初日はまだ痛み止めが効いていたため、筆談ができたようですが。

伯母と医者の会話が終わり、父の傍へ行く事ができました。
モルヒネが効いているため、意識も朦朧としていて
私がいる事がわかっていたのか不明です。
声をかけたかったのですが、何を言っていいのかもわからず
考えているうちにそろそろ行くでと言われてしまいました。
傍にいれたのは1分もなかったです。

仕方ありません。
容態が悪かったこともありますし、何よりも伯母は
あまり私を父に会わせたくなかったのです。

短い短い面会が終わったあと、上層階の窓際で伯母と話しました。
伯母は父の容態を教えてくれました。
弟の様子と、父が、弟がいかに辛い日々を送っているのかも。
私が伯母に意見すると「誰に向かって口をきいているのか」と怒り、
そして病気のことと離婚のことは別問題だという私を
伯母は「女剣闘士だ」と揶揄しました。
私はまだまだ子どもで、弟の方が比較にならないぐらい大人で立派だと。

一体なにがしたかったのでしょう。
私が、母が辛くないとでも思っているのでしょうか。
弟とは辛さの種類は違うかもしれませんが、私は私なりに考えています。
そして情報の少なさは不安感を増大させます。
父の余命ともいえる残りの時間を聞いてからの私を知っているのでしょうか。
毎晩夫が寝てから涙を流して、眠れない時間を消費している事を。

家族の事なのに、やけに間に入ってこようとします。
弟のことが「本当の息子のように思えてきて仕方ないんだけど、どうしよう」
と言われても、私は何もいえません。
何を求めているのでしょうか。


それから後、数回面会に行きたいと連絡しましたが、
毎回なにかと理由をつけられ断られてしまいました。

そしてありがたい事に、手術をしてから無事に2週間を過ぎたある日、
1回目の手術をしたときに思いがけず転移を見つけてしまった為
出来なかった「胃を食道の代わりに繋げる」という手術をするようでした。


それから数週間後のある日、ある用件で伯父に電話をした時に、
父の2回目の手術が終わっている事を知りました。





( 2008.06.04 ) ( 家族のこと ) ( COMMENT:0 ) ( TRACKBACK:0 )
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