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家族のこと ~裁判と病気 弁護士に会いに行く~
流石に半年前の記憶は、日々の生活に流されて
段々と薄まってきています。
最初に恐れたことです。
嫌だったこと、悲しかった事という感覚はありながらも
具体的に何があったのか、何を話したのかと言うと
あれっ?となってしまいます。
全てを忘れてしまう前に、まだ覚えているうちに
早く記録しなくてはと少々焦ってしまいます。



それからも父や弟とは、何回かメールや電話で話しました。
内容はいつも同じで、母のことです。


その間も、母は父との離婚を成立させる為に
裁判を続けており、あと数回で離婚が決定しそうな感じでした。

父はお金がないことを理由に、弁護士をつけておらず
自分で弁護をしなければいけなかったので、
裁判所での父は、後付な言い訳とも取れる支離滅裂なことを言っていたようです。
しかし父が何を言おうとも、調停の時もそうでしたが
裁判でも自分の母への暴力を認めているため、父の敗訴はほぼ確実でした。


そんなある日の朝、いつものように仕事へ行く準備をし
仕事場の最寄りの駅へついた時です。
弟から1通のメールがありました。
父が病気だと言うのです。
容態を聞くために、すぐに電話をしました。
食道癌で、あまり良くないとの事でした。
詳しい検査はこれからになると。
とてもショックではありましたが、仕事はいかなければいけません。
その日はいちにち気が入らなかったのを覚えています。


その後検査結果を聞くと、第3ステージの癌との事。
食道癌の原因は(参照: http://www.effect-japan.com/cancer/esophageal.html)、
一般的に「タバコ、アルコール、熱いものを良く食べる」事だとされています。
ストレスのせいが全くないとは言いませんが、
父の生活習慣をみていたら原因は明らかです。
365日あれば360日はアルコールを飲み、
タバコも多いときでは1日3箱や4箱吸っていました。
しかし父も弟も「私と母親」が与えたストレスのせいで
癌になったのだと言い、責められました。

さらに1週間ほどして父は、阪大病院に入院することになりました。
時期をみて手術をする為にです。


そのときもひと悶着ありました。
入院をすれば、裁判には当然出られません。
しかし父には毎月か2ヵ月に一回裁判所から裁判の日取り?が送られてきます。
状況を説明して出られないことを伝えればその日の裁判はなくなり、
別の日に振り返られます。
そしてまた連絡があり、断って、振り替えてと、繰り返す事も可能なんですが
父と弟はそれを良く思わず、母に裁判の取り下げを言ってきました。

正直、母も私も迷いました。
父が末期に近い食道癌だというだけでも動揺し、心配しているので
取り下げも考えたのですが、取り下げてしまうと
もし父の手術がうまくいき、退院してきたときにまた一からはじめる事になり、
母の気持ちも消極的になってしまう可能性もあるからです。
酷かとも考えましたが、最後は母が取り下げないことに決めました。
それを知った弟は弁護しを含め私たちと話し合うと息巻いていて、
3人で母の弁護士に会う事になりました。





( 2008.06.04 ) ( 家族のこと ) ( COMMENT:0 ) ( TRACKBACK:0 )
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