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家族のこと ~母が家を出てから父に勘ぐられるまで~
(前回の記事に「8月16日弟から母が家を出たと連絡があった」と書きましたが
日時に関しては全般的に記憶のみで書いているため少々曖昧で、前後するかもしれません。)




8月16日
弟から「母が家を出た」と電話があった。
「俺は実家に居るので(父親の目もあるから)直接連絡を取れない。
俺の代わりにmaki達が色々動いて欲しい。」と言われた。
私たち夫婦はその後すぐに母と連絡を取り合い、
母の泊まるビジネスホテルへと向かった。


少し時間を戻して・・・それより約4ヶ月前の4月。
大阪生まれの大阪育ちの私は結婚を機に愛知に移ったが、
約半年で大阪に住居を変え、母親の持ち物であるアパートに住んでいた。
そこで2年の時間を過ごし、広いところへ移るため貯金の真っ最中だった。


喧嘩の絶えない両親に対して私と弟は「いつかどちらかが
取り返しのつかない事になってしまうのではないか。」
と常日頃心配をしており、別れたがってはいるが
決心の着かない母親を別れさせると言う方法を決定した。
そして私と夫は母親の決心を固める為に、貯金の途中ではあったが
自らが率先し、親の持ち物であるアパートから引越しをすることに決めた。
そして5月。無事引越しは終わった。

GW中に母親を半ば無理やり連れ出し、母親の家を決めた。
後は母自身が決心し、家を出るのみとなり
そこから先は母親のタイミングに任せることに。
そしてその日が8月16日となった。


元に戻って2007年8月。
母親と連絡を取り始めてからは比較的スムーズに話は進んだ。
「ドーンセンター(大阪府立女性総合センター)」に連絡を取り、面接をし、
協議離婚は無理なので(DVが原因の為。もっとも形だけの調停はあるにはあるが)
離婚裁判へ向けて弁護士を雇い、裁判所へ行き・・・と、私たち夫婦は
仕事をしながらで少々大変ではあったが、着実に階段を登って行っていた。



しかし私が父親に「母と連絡を取り合っているのではないか」と疑われるのは必至の事で、
その雰囲気を言葉の端々に捉えられる様になるのにそう時間はかからなかった。






( 2008.03.26 ) ( 家族のこと ) ( COMMENT:0 ) ( TRACKBACK:0 )
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