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今年は厄年か?
って言うくらい嫌なことが続いています。
知らない間にこのblogを友人が見つけていて
読んでくれているらしいので、詳しい事を書くのは躊躇してしまう。

なので中途半端な内容になるけど書きます。


謝罪というのは自発的にするものと思ってた。
でもある人はそうじゃなくて、驚きと悲しさが一緒に湧き上がってきた。
物を知らない私なので、ちょっと辞書で調べた。
wikipediaによると

謝罪(しゃざい)とは自らの非を認め、相手に許しを請う行為である。謝罪する側される側共に個人単位、団体単位、国家単位など様々な規模があり、謝罪する理由は本心からのものと、戦略的なものに分けられる。

ああ、戦略的な謝罪だったのかと納得。

それだけでなく、私に謝りたいので場を設けさせてくれと請われて
時間を割いたのに、いかに自分が今回のことで疲れ果てているか、
どれほど眠られない、食べられない、気が重いと日々をすごしているのか。
と言うようなことを延々1時間以上聞かされました。

これとはまた別にストレスをためるような事件はあるのだけれど、
どちらにしても言えるのは、自業自得だということ。
人間生きてればミスもすれば勘違いもする。
でもそれらが自業自得である場合が如何に多いか。
私にも自業自得の罪がある。
どれほど悩んでも、言い訳しても変わらない。
受け入れて変わっていくしかないんやなぁとぼんやりと思う。

しかし人間の意地とか世間体や欲がそれらを邪魔する。
齢を重ねれば重ねるほどに。
私もそういう大人になっていくのだろうかと不安になるが
でもそのせいで、色々な人たちが嫌な気持ちになったり
疑わなくて良い人を疑ったり、通常の生活を脅かされていたりする。

自分を変えると言うことが如何に難しいか、
如何に不安になるものかを、ある家庭を見ることでわかる。

でもそれでも人間は悔い改めて、前を向いて歩くしかない。
綺麗ごとだと言われても、まっとうに人間として生きていくためには
それしかないんじゃないかと、このツルツルの脳みそで考えるわけです。




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( 2007.08.26 ) ( われおもふ ) ( COMMENT:0 ) ( TRACKBACK:0 )
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